My Experience In Yemen

青年海外協力隊 コンピュータ隊員の活動日記。

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宗教について思うこと

イエメンにいると、どうしても考えてしまうトピック。
イエメンは国家として宗教(イスラム教)を保持していること。
ほぼ全てのイエメン人はムスリム(イスラム教徒)であること。
この環境は日本と真逆にあるため考えさせられることが多いです。
宗教が身近にない日本では深く考えなかったトピックです。


■■■■■
ある日本人が言いました
>イスラム教も一カルト宗教にすぎない…
最近思ってきたのは、宗教とはそういうものだということ。
教養の無い人ほど、神(宗教)を都合良く解釈をする。
少なからず、他教徒を排斥する。
状況によって解釈を変え、悪事を正当化する。

もちろん、他のムスリムは言います
『都合の良い解釈、他教徒の排斥、人殺はいけない』と。
なぜそういうことが出来るのか。
なぜそれをするムスリムがいるのだろうか・・・。
それは彼ら自身が宗教を作り上げているからではないでしょうか。

前にアメリカ人のムスリムと話をしてて言われたことは、
『ムスリムを見ないでイスラムを見よ』
と言われたことがあります。
逆説的に考えると、
ムスリムによってその宗教の解釈が異なる。
(全てのムスリムは必ずしもすばらしい人だけではない)
ということではないでしょうか。

なので、
一部の信者の言動からその宗教を判断して
カルトだ云々と決め付けるのは間違っていると思います。
本当の宗教というのは、
同じ教徒でもその人自身で異なり、
その人自身で作り上げていくものでは無いかと思います。


■■■■■
では、宗教が無い環境で育った日本人が抱く
カルトでは無い宗教像とは何でしょうか。
おそらく、
神(宗教)を都合良く解釈しない。
他教徒を排斥しない。
状況によって解釈を変えない。
もちろん殺人を正当化なんてしない。
集団で行動をしない。
勧誘をしない。

つまり、その信者の行動がイヤだ・気持ち悪い
という要素が無い宗教が非カルトではないでしょうか。
でも、そんな宗教は無いでしょう。
なぜなら宗教はそういうものだから。
自身がすばらしいと感じているモノを
押し付けないわけがありません。
実際、イエメンにいるとイスラムの勧誘が非常に多いです。
乗り合いバスで偶然隣になった見知らぬ人から
勧誘を受けることは普通です。


■■■■■
宗教は信じた者勝ちだと思います。
宗教は作り上げたもの勝ちだと思います。
それは宗教に関わらず。

個人的な意見として、
どの宗教も優劣は無く、信じることができれば
幸せな人生を送ることができると思います。
(もちろん、悪事を正当化することは間違っていますが)
なので、他宗教を見下したり、嘲笑する行為は的外れなことだと思います。

いつもイエメン人に話しているのは、
宗教はそれぞれ異なっていて、
それぞれの宗教に対して熱心に活動すれば
それぞれの宗教に基づいて天国に行けるという事。
他宗教の神(神的なものを含む)が
他教徒の運命を操ることは出来ないと思っています。

ある宗教に基づけば地獄に行くかもしれませんが、
その人の宗教に基づけば天国に行けると思います。


■■■■■
自分は死後の世界は無いと思っています。
死んだら死ぬと思っています。
死んだら全てが終わってしまうと思っています。
だから死ぬのが怖いです。
死んだことが無いので、死についてはよく分かりませんが、
眠りの延長線上ではないかと思っています。

でも、自身の宗教を強く持っている人にとっては、
天国は存在すると思っています。
それは自身の宗教(自身の頭)が作り上げた
世界だと思っています。

もし、宗教を持っている人が死んだら、
自分自身の思想が死の世界を作り上げて、
眠りの延長線上に天国を作るでしょう。
自分の信仰が天国に召してくれると思っています。
だから、みんな天国に行けます。それはどんな宗教でも。

同じ教徒からみたら絶対に地獄に行く人も、
その人自身の信仰で全てを正当化すれば、
その人が作り上げた天国に行けると思っています。

| イエメン文化 | 01:32 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

To.まゆっぱさん

>「ここはリビアじゃないからいいのだ。」
そういうとき(豚も酒も入手できる環境)こそ
自身の宗教心が試されるのかもしれません・・・。
自分の周りのイエメン人は、上記のリビア人の
発言は間違っていると言っていたけれど、
目の前に人参がぶら下げられた状況(豚も酒も入手できる環境)で
全てのイエメン人が黙っていられるとは思えません。
でも、このようにそのリビア人が自身の宗教で完全に
正当化すれば必ず天国にいける・・・はず。
たとえお偉い宗教家が間違っていると言っても。
それが宗教だから。
だからある意味彼は間違っていないかもしれません。


>世界中のモスクの無条件で入れるイスラム以外の宗教もシーク教で、
>シークの教義など聞くととてもおもしろいよ。
シーク教・・・早速調べてみます!!!

| KENic | 2008/04/08 07:15 | URL | ≫ EDIT

ムスリムは自分の宗教に対して、敬虔なイメージと厳格な掟の中で生きていると思っていたのですが…。
最近、リビア人の友人が複数できました。リビアもイスラム教、しかも一党独裁政権。どんな人たち~?と思っていたけど、自分の国を離れると結構自由に生きているムスリムもいることが判明!!
クラブで知り合ったんだけど、「この酒は神が与えたくれたも。」と酒は飲んでるし、豚肉も食ってるしです。彼らは、大使館やUKの大学の研究で来ているEducatedな人々で、考え方もとても柔軟です。
「あなたはムスリムじゃないの?」と聞くとここは「ここはリビアじゃないからいいのだ。」と開き直っています。ちょっと面白いです。
私の周りのムスリムはたまたまそんな人たちばかりだけど、真面目なムスリムと同じような感じを受けるのは、インドのシーク教徒。いわゆるターバン巻いてるインド人です。こちらの生活でシークの人々と過ごす時間が多いんだけど、彼らも独特の宗教観とさまざまな決まりの中で生きています。よくシークとヒンドゥーと仏教についての話になります。とても深いです。3つの宗教が深く関わっているのが、よくわかります。このシーク教はヒンドゥーとイスラムを足したような宗教で、シークの人たちはムスリムとたいへん中が良いです。世界中のモスクの無条件で入れるイスラム以外の宗教もシーク教で、シークの教義など聞くととてもおもしろいよ。

| まゆっぱ | 2008/04/08 07:13 | URL | ≫ EDIT

To.ひいらぎさん

コメントありがとう!
僕はイスラム教の勧誘者ではないですが、
ひいらぎさんが感じたことをイスラムの観点から・・・。
(ムスリムではないので、若干違うところもあるかも)

>宗教はがんじがらめに規定の枠に
>無理にはめようとするきらいがあるように思える。
>「~ねばらない。」的な強迫観念から
>行動しているように感じられるのがどうも苦手。
確かに、「~ねばらない。」ことが多いです。
例えば、断食をしなければいけない。
一日に五回お祈りをしなければいけない。
などなど。
特に上記二つは実際出来ていないムスリムもいると思います。
では、なぜそのがんじがらめの規定を励行できるのか?
なぜならばそれを行うことで死後、楽園に行くことが出来るからです。
「~ねばらない。」の側面のみが宗教ではなく、
死後の楽園も含めて宗教になるのです。
だからこそ「~ねばらない。」が励行できるのだと思います。

>無理にはめようとするきらいがあるように思える。
その宗教が作られた当時ではその内容が理解できる社会だった
かも知れないけれど、社会が変わった今日では
その内容に無理が感じられる所が多々あるかもしれません。
だから、個人によってその宗教の解釈が変わっているのかも。
例えば・・・
夜勤が忙しくて日中にお祈りもせずたくさん寝てしまったから
まとめてお祈りを済ませても問題ないとか。
普通にやると時間がかかるお祈りを、パッパと済ませても大丈夫とか。
その時代にあった簡略バージョンでも大丈夫と
認識する人がいるならば個人的にはそれはどうかと思うわけで・・・。

>善悪に対する考え方がはっきりしている分、
>反対に複数の選択肢を前にした時に
>「迷う」という事がないように思う。
>だからこそ芯が通ってて強いんだと思う。
自分もそう思います。だから、強いと。
イエメン人も常にイスラムを軸として物事を判断しています。

>でも、やっぱり苦しくてつらくて不安でも
>自分で考えて考えて考えた方が嘘のない人生のような気がする。
ムスリムにの観点からすると、
むしろ、イスラム(神)に反した選択することの方が、
嘘・偽りの選択であって、神に対する冒涜と受け取られます。
嘘の無い人生を歩むためにもイスラムに基づいた判断が必要なのです。

>結局のところ宗教の頂点に君臨する神や
>どんなにすごい占い師だってあくまで他人で、
>宗教に入っている人や占いをする人は、
>他人に依存して生きてるイメージ。
イスラムでは、神は人ではないのです。
神は神なのです。神が人を作ったのです。
神が全てのもの(地球・月・空気・・・全て)を作ったのです。
なので、ムスリムは人(に頼る)という認識は持っていません。

また、宗教を持っている人でも持っていない人も、
人は人に依存して生きていると思っています。
前にジョナが言ってくれたすごく良い言葉。
『人は人に迷惑をかけて生きている』
迷い苦しみ、悲しみ嘆くとき、人は人の力によって助けられるものだと思う。
同僚に上司に友達に家族に恋人に貴重な時間を割いてもらって、
話を聞いてもらい、メールや手紙を書いてもらったりして考えやアドバイスを貰う。
個人的にはコレって他人に依存している何物でもないと思っています。

他人の思想や主義(考えやアドバイス)を参考にして自分に取り込む行為はある意味、
広義で宗教になるのではないかと思っています。
だから、個人的には宗教を持っていない人も、宗教行為をしているのでは
無いかと思っています。
(かなり極論ですが・・・)


超、個人的意見です。。

| KENic | 2008/04/08 07:12 | URL | ≫ EDIT

宗教はがんじがらめに規定の枠に
無理にはめようとするきらいがあるように思える。
「~ねばらない。」的な強迫観念から
行動しているように感じられるのがどうも苦手。

元来、人間は弱い生き物だからこそ、
みんなの(多数の)考え方に同調する事で、
安心感を得たいという思いがあって、
そこから宗教が生まれたのだと思う。

善悪に対する考え方がはっきりしている分、
反対に複数の選択肢を前にした時に
「迷う」という事がないように思う。
だからこそ芯が通ってて強いんだと思う。

これと似たようなもので占いがあると思う。
(ちょっとこじつけかな・・・??)
ある選択肢を前にした時に
どちらをえらべばよいか占い師に判断を仰ぐ事で解決しようとする。
でも、やっぱり苦しくてつらくて不安でも
自分で考えて考えて考えた方が嘘のない人生のような気がする。

結局のところ宗教の頂点に君臨する神や
どんなにすごい占い師だってあくまで他人で、
宗教に入っている人や占いをする人は、
他人に依存して生きてるイメージ。

こうやって一概に決め付けるのはよくないよね
わかっちゃいるんだけどね
私1個人が宗教について勝手に思った事を書かせて頂きました!

| ひいらぎ | 2008/04/08 07:11 | URL | ≫ EDIT

To.neige
>何かを強く信じることができる人って
>すごく強かったり、すごいことを成し遂げたり、
>なぜかすごい幸運をひきよせたりできるんだよね
そうだね。本当にそう思うよ!
悲しい事・辛いことがあっても、
信仰の力で小さくできるのかもしれないね。
『これは神が与えてくれた試練・・・』みたいに。

>天国で永遠に暮らすとしたら、じゃあ今なんのために
>生きてるんだろうって思っちゃう
自分の周りのイエメン人は、
天国に行くために今頑張って生きてるんだって。
天国に行けばお酒もいくらでも飲めるし、
沢山の女性に囲まれて暮らすことが出来るんだって・・・。
(手っ取り早く死ねる自殺はタブーとのこと)


To.い   け
お久しぶり!コメントありがとう!!
>身近な人が他界したりしてから、
>いつまでもその人が近くで見守っていてくれているはずだって、
>信じちゃったりしてるよ。
自分も全く同じ!そう思うよ。
もうこの世にはいない人だけど、
あの人が見てくれている。とか
あの人はどう思っているかな。とか
いつまでも心の中で生き続けているよね。
ある意味、神みたいになっているかも・・・。


To.Sowetanさん
>無宗教ということが理解できないみたい・・・
ここイエメンでもそうです。
・・・同じです。
なので、自分はいつも
『日本では宗教は一般的ではないです』
『ムスリム・イスラムとは、イエメンに来て初めて会いました。
だから、今色々とイスラムについて勉強しています』
と答えています。
これでなんとか逃げているのですが・・・。

| KENic | 2008/04/08 07:10 | URL | ≫ EDIT

宗教のハナシ、タンザニア人はよくするんだけど
この国はほとんどがキリスト教かイスラム教なので
私のような無宗教者になぜ神を信じないのとか
説いてくるので、いつも話が平行線になって
すごく宗教のハナシがきらい。
無宗教でもアンタには関係ないでしょって言っても
無宗教ということが理解できないみたい・・・

| Sowetan | 2008/04/08 07:09 | URL | ≫ EDIT

お久しぶり!
なかなか難しい事かいてるね。
確かに日本にいたらあまり関心持たない事かもなー

死後の世界とかあんまり深く考えないけど、
身近な人が他界したりしてから、いつまでもその人が近くで見守っていてくれているはずだって、信じちゃったりしてるよ。

| い   け | 2008/04/08 07:00 | URL | ≫ EDIT

宗教って確かにその人次第のものだよね。
神様に関わらず、何かを強く信じることができる人って
すごく強かったり、すごいことを成し遂げたり、
なぜかすごい幸運をひきよせたりできるんだよね

死んだらどうなるんだろうねー。
私は死んだら「無」になると思っているよ。
脳みそもないわけだから、「自分」という意識を
持つこともない。
いかにも無宗教な考え

でも大事な人が亡くなったときには、
「輪廻転生」があればいいなって思ったりするなぁ。
天国はちょっとヤダな。
だって永遠なんだもんね。。。
天国で永遠に暮らすとしたら、じゃあ今なんのために
生きてるんだろうって思っちゃう

| neige | 2008/04/08 06:59 | URL | ≫ EDIT















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