My Experience In Yemen

青年海外協力隊 コンピュータ隊員の活動日記。

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貧富の差

今回のBlogは、イエメン人友人から送られてきたメールに
添付された写真を抜粋、編集したものです。

Poverty01.jpg
Poverty02.jpg
上記は、特にアフリカ地域における貧困の写真です。
右の写真は1994年『ハゲワシと少女』という写真でピューリッツア賞
を受賞したものです。ハゲワシが少女の死を待っている写真です。

Poverty13.jpg
Poverty14.jpg
Poverty05.jpg
Poverty06.jpg
Poverty07.jpg
Poverty08.jpg
上記の写真について友人からの解説はありませんでしたが、
湾岸国のどこかであることは想像できるでしょう。大量の果物・料理に
囲まれるアラブ人。料理に関しては食べ切れなかったのか最終的には
廃棄されたようです。

以前、知り合いのイエメン人男性からアラブ文化について伺うことが
出来ました。アラブ文化では食べきれない程の多くの料理を用意する
ことが客への敬意となり、他方、料理を残すことが主人への敬意となる
ようです。食べきれてしまう量の料理を用意することは、客を御もてなし
することが出来なかったと捉えるのです。

しかし、上記の写真はそれとは違った意味を持つのではないでしょうか。
食べきれない程の多くの料理を用意することが自分の富を誇示する・・・。
個人的にはそのように感じました。

知り合いのイエメン人男性はさらに付け加えて教えてくれました。
『料理を残すことは本来のイスラームの姿ではない。イスラームでは
貧しい人の気持ち、調理してくれた人への感謝から、残さずきれい
に食べなければいけない』と。
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| イスラム(教) | 07:50 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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ガザ空爆について

イスラエルによるガザ空爆のニュースは、イエメンでもその話題で持ちきりです。
空爆開始後、衛星テレビ局アルジャジーラニュースでは連日その様子を伝えています。
イエメンの首都、サナアの人々は電気屋や商店のテレビに集り見入っていました。
また、乗り合いバスの中でもガザのことを話している人ばかりで、
それぞれ自分が見聞きした情報を交換し合っていました。

論調は、やはり反イスラエル。
同じアラブ人としてパレスチナは同胞なのです。
アルジャジーラニュースでも、 『死亡』 ではなく 『殉教』 という
単語を用いて亡くなった人々を表現している点から
『イスラエルによる反イスラーム』 の意味合いを持たせているように感じました。

以下、インターネットニュースからの記事を抜粋します。
それに対する私見も併記しますが、それは飽くまで個人的見解となること御理解下さい。



>>ガザを激しく空爆していることを受けアラブ諸国の街頭では市民デモが行われている

イエメンも同様、官製デモが各地でありました。
携帯電話には、官製デモの時間と場所が明記されたメールが配信されたため、
多くの国民がこのデモに参加しました。
デモ開催日の朝、出勤すると配属先の玄関にはデモの開催場所へ行く大型バスが
3台駐車しており、次々に職員が乗り込んで行きました。
その日はそれ以外にもデモ行進をしている多くの人々も目にしました。



>>ヨルダン議会のある議員が議長命令を無視してイスラエル国旗を燃やし、
>>一部議員の拍手喝さいを浴びる一幕があり、
>>この映像はアラブ諸国のメディアで繰り返し放送された。

>>イエメンの首都サヌアでは何千人ものデモ参加者が、
>>イスラエルと米国の国旗を燃やした。
>>あるデモ参加者は『アラブ連盟や加盟各国の指導者は役立たずだ』など
>>とコメントした。

国旗を燃やすパフォーマンスに一体何の価値があるのでしょうか。
個人的には、何ら建設的なパフォーマンスだとは思えません。
確かにイスラエルとアメリカは裏では繋がっているかもしれませんが、
今、アメリカの国旗を燃やしてどうしようと言うのか・・・全く理解できません。
そもそものデモの目的が摩り替わっているように思えます。



>>2008年06月に発効したイスラエルとハマスとの停戦は、
>>2008年12月19日にハマスが終了を宣言。以降約300発のロケット弾が
>>ガザから撃ち込まれた。

イスラエルによる空爆により、罪の無い多くの民間人が亡くなっていることは
絶対に許されるべき行為ではありません。それは非難されるに値すると捉えています。
しかし、その空爆以前にハマスが攻撃を仕掛けていた事を見逃すことはできません。
そのようなことをしても、ガザの和平は手に入れることはできないのも関わらず・・・。



>>『我々は何度も停戦維持を求めた。虐殺は回避できた』
>>アッバス自治政府議長は28日、カイロでムバラク・エジプト大統領との会談後、
>>空爆を誘発した責任はイスラエルとの停戦延長を拒んだハマスにあると非難。

アッバス自治政府議長の見解は正論だと思います。
なぜ、攻撃無くして和平を模索することができないのでしょうか。
ハマスの行動は理解に苦しみます。
非イスラーム教徒の自分には理解出来ない事なのかもしれません・・・。



>>ハマス高官のムシール・マスリは『イスラエルがガザに侵攻すれば、
>>それは紛れもなく冒険的行為だ。
>>われわれは彼らが驚くようなことを準備している』と語った。

マスメディアはイスラエルによる地上侵攻の可能性があると報じていますが、
それだけは絶対に避けてほしいと願っています。
ハマスの強行姿勢によって、罪無き多くの人の犠牲を出さないでほしい。
その昔、旧日本軍の強行姿勢によって、広島と長崎で罪無き多くの人が
犠牲になった事と同じように感じます。



知り合いのイエメン人は言います。
『イスラエルによって多くの女性・子供が犠牲になっている』 と。
地上侵攻が展開されれば、その犠牲者はもっともっと増えます。
そしてガザの閉鎖状態が続けば、助かる人も助からなくなります。

当事者ではない自分が言うのは、アラブ人の方々に失礼かもしれませんが、
今、すべきことは国旗を燃やすことでも、イスラエルを批判することでもなく、
ハマスの攻撃を自制させることにあると感じています。

そしてハマスの自制後、国際社会はイスラエルを制裁しなければいけない。
400人以上の犠牲者を出す空爆は決して許されるべきものではありません。

| イスラム(教) | 11:55 | comments:7 | trackbacks:0 | TOP↑

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女性イスラム教徒の格好

イスラム教の教えにより、女性イスラム教徒は
家族以外の男性に対しては髪を隠さなければいけません。
ちなみに、首都サナアにいるイエメン人女性の約90%は
目しか露出せず、全身も黒い布で覆っています。
下記のように。
PC150212.jpgCIMG5141.jpgCIMG5406.jpg

残りの約10%の人達は顔面は露出していますが、
髪は露出しないように布で髪を覆っています。
しかし、全身は黒い布で覆っています。
下記のように。
CIMG5903.jpgCIMG3153.jpg

ただし、イスラム教の聖典コーランでは、
髪を隠せと書かれていますが目まで隠せとは書かれていません。
そのため、サナアの女性達はより敬虔な格好をしている
と言うことができるのではないでしょうか。

他のイスラム国の首都ではどうかというと、
特にエジプトのカイロや、ヨルダンのアンマン、シリアのダマスカス
などではその状況は異なっています。
女性は髪は隠していますが、目まで隠している女性は少ないです。
服も肌が露出しない程度の長袖、長ズボンだったりします。

以前、イエメン南部の都市アデンへ行った際、
海岸では全身黒い布を纏い、目しか露出していない
多くの女性が海水浴を楽しんでいる光景を目にしました。
ですが、どうやら女性イスラム教徒専用の水着があるようです。
ヨルダン南部の都市アカバで見つけました。
CIMG6247.jpgCIMG6269.jpg
※一部画像は加工しています。

| イスラム(教) | 04:51 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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アフガニスタンで発生した悲しい事件について

過日、アフガニスタンで伊藤和也さんが
犠牲になった事件をご存知の方は多いと思います。
私もインターネットにて事件の詳細を知りました。
伊藤さんとは所属団体も国も実績も異なるのですが、
同じボランティアとしてイスラム国で活動する同じ身として
他人事とは思えない出来事と捉えています。

今回の事件を通じて再認識したことは、
イスラムは危険な人間を作り出す要素を備えているということ。

確かにムスリム(イスラム教徒)は心優しい人が多い。
日本人よりもその割合は多いかもしれない。
特にイエメンは義理堅く、恩義を忘れない人が非常に多い。

困っているときは常に助けてくる。
道が分からなければ目的地近くまで一緒について来てくれたり、
電話が必要なときは自分の携帯電話をタダで貸してくれたり、
自分の食事が無くなってでも人に食事を提供してくれたり・・・。
赤の他人に対して、見返り無しに提供してくれる種々の親切は
日本ではまず触れることはできないでしょう。

イエメンのほとんどのムスリムは上記です。
ですが、一部そうではないムスリムがいます。
イスラムの教えを違った形で認識し、
自身の思想が宗教を超えてそれが新たな宗教となっている人。

そういう人はどの宗教でも居ると思いますが、
イスラムはその割合が多いように感じています。

イエメンのJICAプロジェクトで実際にあった話。
イエメンの地方部にて、自宅から遠くにある学校に通う女児に対して父親が
『女の子が一人で道を歩くことは良くない事だからもう学校に行くな』
『必要な用が無い限り女の子は外に出るな』

インターネットで拾ったナイジェリアでのニュース。
『86人の妻をイスラム教伝道師が、妻は4人までとするイスラム教の
 聖典コーランの教えに背いているとして同地からの追放を宣告された』

伊藤さんを殺害したタリバンの主張。
『復興支援が目的でも、アメリカに協力する外国人はすべて敵』

上記、それぞれ共通していることは、明らかにイスラムの教えに合致していない
にも関わらず、自身の考え・信仰が正と捉えていること。
おそらく、彼らからしてみたら自分自身こそが本来のイスラムであり、
他が間違っているという認識になっているのでしょう。

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ムスリム(イスラム教徒)は言います。
『ムスリムを見ないでイスラムを見よ』と。

それが意味していることは、全てのムスリムがすばらしい人ではない。
だから、ムスリムを見てイスラムを判断せず、
イスラムを見てイスラムを判断して欲しいということ。

確かにイスラムは道徳的に、社会的動物的にすばらしいと感じることが
非常に多い。それらを実践することでより良い人間関係を作り出すことが可能だと
考えています。しかし、逆説的に考えると
全てのムスリムがすばらしいとは限らない、
時として危険なムスリムが存在するということ。
だからムスリムを見るなと。
それは、上記で述べた二極化されているムスリムで証明されると思います。

個人的に感じていることは、
・その二極化されたムスリムは共に信仰熱心ゆえに生み出されたということ。
・危険なムスリムを増やさないためには、
 同じムスリムが指導していかなければいけないということ。
 (信仰熱心ゆえ他教徒の思想は受け入れないため)

しかし、残念なことに今回の事件を含めてタリバン・アルカイダが行っている
非人間的行為に対して、『彼らはムスリムではない』と
一蹴するムスリムが非常に多いのです。
『彼らはムスリムではないから一緒にしないでほしい』と。

信仰熱心なイエメン人に期待したいこと、
それは、非ムスリムをムスリムに改宗させるべく熱心に活動するだけでなく、
誤った道を歩いているムスリムに対して正しい教えを伝えること。

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日本では大きく報道されていませんが、
今年の7月に、イエメンのハドラマウト州にてアルカイダ系組織が自爆テロを行い、
現在当地域は政府の取締りとその組織による報復が懸念されている状態です。

伊藤さんの痛ましい出来事は遠い向こうの出来事と捉えず、
隣国の同じイスラム国で起こった、イエメンでも同様な事件が
十二分に起こる要素を持ち合わせていると捉えるべきなのでしょう・・・。

| イスラム(教) | 04:23 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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イスラムにおける死後の世界について

先日、配属先の職員が交通事故で亡くなってしまいました。
それからというものの、配属先では死後の世界について
議論することが多くその度に非イスラム教徒の自分は
隅に追いやられることが多かったです。

今回のBlogは死後の世界について教えてもらったことや
調べたことをまとめようと思います。

■ 最後の審判

人間は死後、アッラーによって天国に行くか
地獄に行くかが決まります。これを最後の審判と言います。
最後の審判は墓の中で待ちます。
しかし、最後の審判はいつあるのかは人間にはわかりません。
アッラーのみが知っているのです。
下記、コーランより。

*******************
007-187.
かれらは(最後の審判の)時に就いて,何時それがやって来るのか
とあなたに問うであろう。言ってやるがいい。
『それを知る方は,只わたしの主だけである。その時(最後の審判)を
知らせて下さるのはかれの外にはない。それ(時)は,
天でも地でも重い(重大事となる)。全く突然あなたがたにやって来る。』
かれらはあなたが,それに就いて熟知しているかのように尋ねるであろう。
言ってやるがいい。
『それを知る方は,唯アッラーだけである。』だが人びとの多くは分からない。
*******************


■ 天国と天国と地獄

最後の審判の時、その死者は『先頭』 『右手(右側)』 『左手(左側)』の
3つのグループのどれかに分類されます。
『先頭』 『右手(右側)』は天国グループで、
『左手(左側)』は地獄グループになります。

下記、コーランより『先頭』について

*******************
56-17. 永遠の(若さを保つ)少年たちがかれらの間を巡り,
56-18. (手に手に)高坏や(輝く)水差し,汲立の飲物盃(を捧げる)。
56-19. かれらは,それで後の障を残さず,泥酔することもない。
56-20. また果実は,かれらの選ぶに任せ,
56-21. 種々の鳥の肉は,かれらの好みのまま。
56-22. 大きい輝くまなざしの,美しい乙女は,
56-23. 丁度秘蔵の真珠のよう。
*******************

下記、コーランより『右手(右側)』について

*******************
56-32. 豊かな果物が
56-33. 絶えることなく,禁じられることもなく(取り放題)。
56-35. 本当にわれは,かれら(の配偶として乙女)を特別に創り,
56-36. かの女らを(永遠に汚れない)処女にした。
*******************

『先頭』は天国でもよりランクが上です。
そのため、少年たちが付き人として、
決して悪酔いしない酒を注いでくれるのです。
そして果実、肉、女性(処女)は好きなだけ求めることができます。

『右手(右側)』はランクが下の天国になりますが、
果物や女性(処女)は豊富にいます(あります)。

ただ、いつも思うのはイスラム教女性信者は
この天国にいる処女のサービスについてどのように
捉えているのだろうかということです。
女性にとって処女の女性なんて全く興味が無いだろうし・・・。
語学力とイスラムについてもう少し知識が付いたら
イエメン人女性に天国について意見を聞いてみたいと思います。

そして下記、コーランより『左手(左側)』について

*******************
56-42. (かれらは)焼け焦がすような風と,煮え立つ湯の中,
56-43. 黒煙の影に,
56-44. 涼しくもなく,爽やかでもない(中にいる)。
56-45. かれらはそれ以前,裕福で(享楽に耽り)。
56-52. 必ずあなたがたはザックームの木(の実)を食べ,
56-53. それで腹は一杯。
56-54. その上煮え立つ湯を飲む,
56-55. 喉が乾いたラクダが飲むように。
56-56. これが審きの日の,かれらの持て成しである。
*******************

下記、コーランより『ザックーム』について

*******************
44-43. 本当にアッ・ザックームの木こそは,
44-44. 罪ある者の糧である。
44-45. それは溶けた銅のように内臓の中で沸騰しよう,
44-46. 熱湯が滾りかえるように。
*******************

地獄に行くと、熱風と熱湯の中
ザックームを喰らい、熱湯をがぶ飲みして
もがき苦しむのです。

ちなみに、コーランでは非イスラム教徒は例外無く
地獄に行くとされています。
そのため、時々、サナアの街で出会うイスラム教徒が
自分を地獄に行かせまいとして真剣にイスラム教徒への
改宗を勧めてきます。


■ 土葬

上記の用に最後の審判の後、肉体と精神が
天国もしくは地獄へ行くためイスラム教は土葬になります。
(肉体が無くなって骨になってしまっては天国へ行けない為)
埋葬する際は体の右側を下にして、顔がメッカを向くようにします。

下の写真はサナア市内の墓地の様子です。
埋葬された人が皆、同じ方向になるため必然的に全ての墓が
同じ方向を向くようになります。
写真の墓地は整然と並んでいますが、
場所によっては大きな石を置くだけの簡素な墓地もあります。
CIMG5456.jpg
CIMG5457.jpg
CIMG5458.jpg

| イスラム(教) | 00:02 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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